Qwertyの部屋

アコライト、時々、相談所。アヴァベルオンラインをプレイしつつ、バーチャルの世界からリアルを考えるブログ。

鳥人間コンテスト

こんにちは。Qwertyです。

 

明けましておめでとうございますの期間は過ぎてしまいましたがw

今年も宜しくお願い致しますm(__)m

 

新年1回目の記事はやっぱりカバオゲームズ。今回は大晦日に行った、鳥人間コンテストという新しい試みです。同盟のCharlotteの皆さんも参加して下さいました(^ω^)

崖の上から人力飛行機を飛ばし、その飛行距離を競うというあのコンテストに着想を得て、31階の崖から飛び出し、どれだけ遠くに着地できるかを競うという新たなゲームが生み出されたのです。

 

どうやってやるかというと…

 

 

こんな感じです。

ダッシュと通常攻撃を駆使して飛距離を稼ぐという、物理法則に反した動きw

公平を期するため、魂晶が付いている防具は外し、全員ダガーを装備してプレイする手筈でした。

 

…なぜ過去形なのかというと…

 

アコはダガーを装備できなかったのです\(^o^)/

 

そういえば鬼ごっこの時にそんなことがあったような(ーー;)

こういうことって意外とすぐ忘れてしまうんですよねw

 

気を取り直してナックルを装備。心なしか動きがダガーより遅い気がしますが、気にしない気にしない…

 

…まあ罰ゲームがあるので気にしない訳にはいかないんですけど…(´・ω・`)

 

無い物ねだりをしても仕方がないので、これでプレイすることに。試技は全部で3回。距離は正確に測れないので、3回の中で負けが多かった人が罰ゲーム、というルールになりました。

 

試技1回目。

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頑張ってもやはりダガーには勝てませんでしたが、1回目で皆さん慣れていないのか、続々と私の後ろに着地してくれました( ̄∀ ̄*)

 

そして待っている間にもう一つ事件が。

 

順位判定のため、先に飛んだ人は最後まで動くことはできません。でもそんな事はモンスター達には関係なし。リスやドングリがここぞとばかりに群がって来るのです。

物理職は攻撃すると動いてしまうので、反撃もできません。魔職の私はその場を動かずにアクションができるため、届く範囲で攻撃や回復をしてみたのですが…

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結局お一人昇天してしまいましたw

南無ぅ( ̄人 ̄)ちーん

 

その後の2回の試技では、どちらも干支の猪アバターを着た方が一段上のところで止まってしまい、罰ゲーム決定となりました。

 

罰ゲームは、世界樹に向かって今年一番恥ずかしかった事を叫ぶ、です。1年の最後にこれって…w

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そして発せられた言葉は…

 

「今年一番恥ずかしかった瞬間は…

 

…今だぁーーー!!」

 

…やっぱりw

 

その後、忙しい中来てくださったハクさんが世界樹に向かって愛を叫ぶというイベントもありましたw

 

今年も楽しくやっていきたいですね(^ω^)

 

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カバオさん危機一髪の図

 

ではまた(*゚▽゚)ノ

愛と諦め 〜他人への、そして自分への〜

こんにちは。Qwertyです。

 

愛。素敵な言葉ですよね。でも今回は、それを違う角度から語ってみたいと思います。

 

キリスト教では、無償の愛が説かれています。汝の敵を愛せよ。右の頬を殴られたら左の頬を差し出せ。

 

・・・そう言われても・・・( ̄▽ ̄;)

 

って思いますよね。思いますよね、というか、私は少なくともそう思いました。

 

世の中いい人ばかりではありませんから、敵を愛したとしても、それをいいことにどんどんつけ込まれてしまうかもしれませんし、左の頬を差し出してもまた殴られ、命を失うことになるかもしれません。所詮ただの絵空事に聞こえましたし、ある意味気持ち悪くも感じていました。

 

でも最近、ふと別の見方が思い浮かんだのです。

 

この「愛」とは、「諦め」に基づくものなのではないか、と。

 

こちらが愛していれば相手も分かってくれる、という話を聴くと、性善説に基づいている思想のように感じてしまうのですが、考えてみれば人間とは原罪を抱えた存在。そもそも「完全に良い」存在にはなれないのです。

 

人はどこまでも堕ち、どこまでも醜くなりうる存在。だからこそ、どこかで人の業に対する諦めが必要。それこそが、キリストが処刑される前に発した「彼らをお許しください」という言葉の意味だったのかもしれない…。

 

そんな風に考えて「キリスト教」「性悪説」と検索ワードを入力してみると、こんな記事が見つかりました。

 

求めない、期待しない。性悪説でいい――キリスト教が教える対人関係の奥義 | プレジデントオンライン

 

ああ、やっぱりそうだったんだ、と思いました。

人という存在の限界を知っているからこそ、それに諦めがついているからこそ、相手を受け入れ、愛することができる。「愛」とだけ聞くとキラキラしすぎていますが、諦めと裏表の関係にあるとするなら、何だか受け入れやすくなったように感じます。

 

しかし、それを実践するためには、もう一つ壁を越える必要があるのです。

 

それは、相手だけでなく、自分もまた、どこまでも堕ちる、原罪を抱えた人間という存在であることを認める、ということです。

人間は他人を批判することで、自分の負の側面を他人の中に投げ入れ、自分を保とうとします。自分の中にはマイナスのものは何一つないかのように。

地動説や進化論、無意識の存在によって3回もその尊厳を傷つけられてもなお、人間は特別な存在であろうとすることを止めません。人間は他の何かとは違う、特別な存在である。自分は他の人とは違う、特別な存在である。もしそうでなかったら、人間という存在は、自分という存在は一体なんだというのか…。

 

でも結局は五十歩百歩。たとえ本当に五十歩分の差があったとしても、根底の部分に差はありません。自身の完全性という幻想を諦め、そして相手の不完全さをもまた諦める。その上にこそ、愛は成り立つのだと、私は思います。

 

もっとも完全に諦めてしまったら、それは愛ではなく「厭世」、ただの世捨て人になってしまいます。自分と他人、そして人間という存在の限界を胸に刻みつつも、相手を受け入れることは諦めない。人間の負の側面から目を背けたキラキラの「愛」でも、負の側面のみを見てしまう「厭世」でもなく、その中間の愛。言うは易しでしょうが、これが実践できれば、もう少し世の中は暮らしやすくなるかもしれません。

 

今年のブログはこれが最後です。皆さん良いお年をお迎えください。

ではまた(*゚▽゚)ノ

文字による会話 〜相談所の所感その4〜

こんにちは。Qwertyです。

 

相談所を再開して早や半年。半年間やっているとは言っても週2回、1時間ずつですし、1時間ですと最大でもお2人しかお話を伺えませんから、数だけで言えばそれほどでもありませんが、その中でも「来て頂いた意味はあったかもしれないな」と思う場面もありました。

 

この相談所では、チャットを用いてやり取りをしています。チャットでは当然のことながら相手の表情は見えませんし、声色やイントネーションも伝わりません。顔文字も使えるのですが、変に使うと不謹慎な印象にもなってしまいますし、なかなか難しいところです。

 

一番困るのが、沈黙の時間です。会話であれば、沈黙している時間も安心して待っていられますが、チャットとなるとそうはいきません。何せ向こう側が何も見えませんので、返信を考えているだけなのか、こちらの返答に怒りを覚えたのか、感極まって手が止まっているのか、それとも急用ができて席を外しているのか、など、様々な可能性が頭をよぎります。

 

それは相手の方も同じこと。なかなか適切な言葉が選べなくて返信が遅れてしまうと、「もしかして変なことを言ってしまったのかも…」など、余計に不安にさせてしまっているかもしれません。

 

また、対面で会話している場合、突然相手がその場から消えるということはありません(まあ突然出て行くことはあるもしれませんが…)が、チャットで会話している場合、いきなり相手がオフラインになり、その場から「消える」ということが起こります。そうなった場合、もうこちらから接触する手段はありません。大抵の場合は単にアプリが落ちたことが原因で、すぐ復帰されるのですが、戻って来られるまでは何とも言えない緊張感があります。逆にこちらが落ちてしまった時は、正直に言ってかなり慌てます(ーー;)

 

ノンバーバルな部分が全て捨象され、まさに「文字面だけ」しか使えないとなると、どうしても文面の細部にまで気を使う羽目になってしまいます。「この語尾はきつい印象を与えてしまうのでは?」などとさまざまな勘繰りが生まれてしまい、対面の会話ならさらっと聞けることでもなかなか聞けなかったりするのです。

 

…と、色々とチャットでの会話の難しさを並べてはみましたが、会話をする上で大きな誤解が生まれて困った、という経験は、実はほとんどありません。

 

そもそも言葉自体、人間の感覚を100%伝えられるわけではありません。絵を見た時に受ける感覚をそのまま表現できないように、私たちの想いは言葉にした瞬間に正確なニュアンスが失われ、ある程度の枠で切り取られたものになってしまいます。

 

ですので、そこで欠けた何割かの部分はお互いの想像力で補っていることになります。その想像力は当然チャットでの会話にも適用されるわけで、そのおかげで「文字だけ」という環境でもそれほど齟齬なく意思の疎通ができるのです。

 

でも、やはりなるべくその精度は高めたいですよね。

 

作家など、言葉の芸術家の方々はその表現の質を高めるべく、日夜努力を重ねられているのだと思いますが、私のような者も同じこと。適切な言葉を紡ぎ、それを他者に伝える役割を自負するのであれば、やはりその努力を怠ることはできません。様々な言葉を集め、考え、それを紡いで心を動かす。それが「出来る」と言える日はなかなか来ないかもしれませんが、それを目指して精進していこうと思います。

 

ではまた(*゚▽゚)ノ

ゴリラギルド( ゚д゚)ポカーン

こんにちは。Qwertyです。

 

今回のカバオゲームズは、クリスマスのイベントマップで「だるまさんがころんだ」。同盟のCharlotteの皆さんも、罰ゲームに物怖じせずに参加してくれるとのこと(≧∀≦)

 

会場に行ってみると…

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なぜか既に土下座祭りw

 

ルールはいつも通り。

エモーションを間違えずに入力できればクリアできます(-д☆)キラッ

 

問題は鬼であるカバオさんの動き。最初はカバオさんがオブジェ付近に立つ予定だったのですが、このホワイトクリスマスのなか敢えて白+緑バージョンのパンダで来ているため、背景に溶け込んでかなり見辛いのです(ーー;)

 

でも立ち位置を逆にしてみると…


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カメラにオブジェが被る\(^o^)/

 

そんなこんなでスタート地点を模索していると、以前一緒だったペコさんが偶然マップに。

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その場の流れで参加してもらえることとなりました(^ω^)

 

そしてゲームスタート!

 

…の前に恐怖の罰ゲーム発表。

 

罰ゲームは、プロフィールの変更とのこと。またうっふんゴリラの再来か…((((;゚Д゚)))))))と思ったら。

 

「マッスルゴリラうっふん」です

by Sパンダ

 

進化した…(ーー;)

何でしょうこのパワーワードの夢のコラボ。こんなプロフィールで勧誘なんてした日には…

 

経験者は2アウトで罰ゲームとのこと。めるさん、しゅくさん、私に加え、飛び入り参加のペコさんにもその基準が適用されてしまいましたw

 

しかし。

全員クリアならカバオさんがマッスルゴリラうっふんになるとのこと。これは俄然やる気が出てきました(ΦωΦ)フフフ…

 

そして今度こそゲームスタート。

 

カバオさんの容赦ないトラップとVARばりの判定で次々とアウトになる面々。「キビオさん」「Sパンダ」などと揶揄されてもその判定が揺らぐことはありません。早くも2周目にしてしゅくさんがゴリラの憂き目に…。

 

そして3周目にはめるさんもアウト。

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マッスルゴリラうっふんアバター解禁…w

 

さらにゴリラの悪夢はCharlotteの皆さんにも襲い掛かり、ついに犠牲者が( ̄▽ ̄;)

 

私は何とか4回目までクリアし、無事罰ゲーム回避(-д☆)キラッ

そして5回目が始まろうとしたその時、突如鬼を交代するとの指示が。

 

「次間違えたら罰ゲームでいいです」

 

おお、これはもしかしてMパンダモード…?(・ω・)

 

鬼はめるさん。またスーパー慎重プレイで回避するんだろうな…チッ(・д・)と思っていたのですが。

 

カバオさんがチャットを打とうとした瞬間にタイミングよく指示を出すというファインプレーにより、パンダゴリラ化計画が奇跡的に成功したのです( ̄∀ ̄*)

 

…結果。

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ゴリラ大量発生。Kに至っては私以外全員ゴリラになるという事態に。人間を保ててよかった…w

 

結構盛り上がったので、次回以降もこんな感じで大勢を巻き込めるといいな、と思いました。

 

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最後はぺこさん・しゅくさんと、投獄された風パンダの写真です(・ω・)

 

ではまた(*゚▽゚)ノ

剣でしか守れないものもある

こんにちは。Qwertyです。

 

ちょっと不思議なタイトルですが…。

 

アニメやゲームのストーリーの中で、多大な犠牲を払ってでも世界を変革しようとするキャラクターが悪役として登場することって意外と多いですよね。純粋な悪ではなく、そのキャラクターなりの信念があって、その信念自体はそれなりに理解ができる、というパターンです。

 

もしかしたら、その悪役の行為が成し遂げられたら世界はよりよくなるのかもしれない。でも主人公はそれを阻止し、それが正義として描かれます。不条理な世界を変えようと突き進むキャラクターよりも、その世界を維持しようとする主人公の方が正義なのだとすると、ちょっと不思議な感じもしますよね。

 

なぜ彼らは「悪」なのでしょう。

 

彼らの取った手段が「悪」と呼ばれるにふさわしいものだったから、という理由はすぐに思いつきます。無関係な人を巻き込むテロ行為は、やはり許されるものではありません。

結果は手段を正当化しない。実際にはそうでないことも多いでしょうが、少なくとも物語の中ではそのように描かれます。

 

他にも理由があるとすれば、それは彼らの持つ破壊性なのでしょう。彼らの場合、往々にして世界を変えたいというその思いの根底には世界そのものへの復讐心があるように思います。自分にこんな残酷な運命を背負わせた、こんな世界は間違っている、と。もはや世界を「変えたい」というよりは「壊したい」といった方がいいのでしょう。

 

世界を変えたいのなら、個人的な復讐心から行動を起こしてはならない。悲しみの連鎖を断ち切らなくてはならない。

 

でもふと自らを顧みて「復讐」の要素はないのかと考えた時、ないと断言するのは難しいことに気づいたのです。

正直が「馬鹿正直」であるこの世界。どこまでも争いを繰り返し、出し抜き合う人間。なぜ真っ当に生きようとしているだけで様々な災いが降りかかってくるのか。こんな世界は間違っている。まさに「悪役」と同じような復讐心や破壊性が、私の中にもあるのです。

 

それに悩んだ時期もありました。口でどれだけ綺麗事を並べても、自身の行動が実際に他者の役に立っていたとしても、結局その根源は個人的な感情なのだと思うと、どうしても自信が持てない部分が出てきます。

 

そんなところに、最近、フランスの持つ破壊性という話を耳にしたのです。革命の文化、先鋭的な理論、昨今話題のデモ、もとい暴動…。

破壊性そのものは望ましいものではないでしょう。でも一方でそれが社会を変えたり、新たなものを生み出したりすることもある。そうだとすると、破壊性を持つことは必ずしも「悪」ではないのではないか。ふとそんな考えが浮かびました。

 

本来何かを守る時に必要なのは盾であって剣ではありません。でも、剣でしか守れないものもある。剣でしか切り開けない未来もある。剣をただの芸術品に昇華させてしまわなくてもいい。必要な時には鞘から解き放ってそれを振い、自身の望む世界へと突き進めばいい。

行き過ぎればテロのような行為につながってしまうけれど、人の体が新陳代謝をするように、既存の構造を破壊し新たなものを生み出すことも必要なのだし、破壊性は持っていて恥ずかしいものでも、捨てなければならないものでもないのではないか。

 

そんな風に考えられたことで、自分の中の剣、破壊性というものに一定の折り合いがつけられたように感じました。それもまた私の一部であり、私の財産なのだと思えば、なんだか自信を持って行動できそうな気がします。

 

ではまた(*゚▽゚)ノ

夢現を生きる 〜オンラインゲーム研究その8〜

こんにちは。Qwertyです。

 

今回の本はこちら。

 

現代ゲーム全史 -文明の遊戯史観から

中川 大地 著

 

550ページほどの分厚い本なのですが、意外と早く読み終わりました。

 

セガタイトー創始者が外国人であることなど、始めた知った事実も多かったほか、見田宗介の理想の時代、夢の時代、虚構の時代という区分に加え、宇野常寛が提起した仮想現実の時代、拡張現実の時代、そしてその後、つまり今の時代を〈複合現実の時代〉とし、この流れに沿ってゲームの歴史を語るという構成はとても面白く、気がつくと100ページ以上読んでいることもあったくらいですw

 

本書の中では、ゲームというものの始まりを、科学技術が原爆などあらぬ方向に用いられることへの抵抗、テクノロジーの平和利用という位置付けで語っています。コンピューターの進歩は軍事技術の進歩と表裏一体であるような話は聞いた事がありますが、改めてそのように言われると、何だかゲームというものの印象が大きく変わるような気がします。

 

本を読み進めるうちに、「複合現実」という言葉が妙にしっくりくるような感覚を覚えました。本来は仮想現実と拡張現実を合わせた概念のようですが、個人的には現実と非現実が合わさった時代、というような響きに聞こえたのです。

 

荘子は蝶になった夢を題材に、自分が蝶になった夢を見ているのか、蝶が人間になった夢を見ているのか、どちらが現実かはわからない、という話をしていましたが、複合現実の時代はまさにそのような時代なのかもしれません。

非現実の世界では、蝶に限らず、なろうと思えば何にだってなることができます。さらに言えば、私は「誰か」にも「あなた」にもなれますし、恐ろしいことに他の誰かもまた「私」になれてしまいます。その非現実が、現実の世界にまで侵食してきているのだとしたら。

荘子はまだ「人間であろうが蝶であろうが私は私」と思えていたでしょうが、現実と非現実が合わさることによってその「私」すらも曖昧になってきているのだとしたら。

夢と現実、自己と他者がごちゃ混ぜになった世界で、人はいかにして「私」として生きるのか。夢現(ゆめうつつ)の世界で人はいかにして現実感を保持できるのか。もしかしたら今までのように、私が「私」という個として生きる意味や必要性がない世界になっていくのではないか。私が「私」として生きるということが意外に難しいのはそういうことなのか。この本を読んでいて、そんなことをふと考えてしまいました。

 

そのうち、服を着替えるような感覚で、アイデンティティすらも取っ替え引っ替えするような世界になったとしたら…。そんな風に考えると、バーチャルの世界が少し恐ろしく感じます。

 

そろそろ買い溜めした本がなくなってきました。オンラインの世界について考えることはまだまだ続きますが、今後はゲームに関する本以外もご紹介していければと考えています(^ω^)

 

ではまた(*゚▽゚)ノ

土下座鬼( ̄∀ ̄*)

こんにちは。Qwertyです。

 

今週の月曜日は久々のカバオゲームズ。タイトルは土下座鬼というなかなか不穏当なもの( ̄▽ ̄;)

 

攻撃されたらその場で土下座する、というルールです。攻撃した上に土下座までさせるとは、何というSっぷり((((;゚Д゚)))))))

 

…まあエモーションがあった方が、捕まっているかどうかの判別はしやすいんですけどw

 

いつも通り、鬼は通常攻撃+スキル1個、その他のプレイヤーは通常攻撃のみのルール。最初はカバオさんが鬼でしたが、間違えて制限時間を5分にしてしまったためあっという間に終了してしまいましたw

 

2回目は私が鬼。全員捕まえてやる(ΦωΦ)フフフ…と意気込んだ結果…

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全員に土下座させることに成功。やはり旋流を選んだのは正解でした。範囲も広く相手が回避した直後に撃てばかなりの確率でヒットさせる事が可能です(-д☆)キラッ

 

…あ、一応言っておきますが、Sではありませんからね(^ω^)

 

3回目はめるさんが鬼。

スキル名はわかりませんが、V字型の球を発射するスキルを選んだよう。猫の姿でぴょんぴょん跳ねながらひたすら球を発射するめるさんはなかなかの可愛さ( ̄∀ ̄*)

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…昔のゲームにこんな動きをするボスがいたかも…と思いながら見ていましたw

 

このスキルは直線的なので、弧を描くように動けば当たりません(-д☆)キラッ

これなら大丈夫…と思っていると、途中でめるさんがスキル変更。そして…

 

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バハムートさん登場。

そしてなぜかバハムートに挑み掛かるカバオさん(・ω・)

 

…カオスw

 

忙しい中で参加して下さった皆さん、ありがとうございました(^ω^)

また同盟の皆さんともやりたいな…と密かに思っています(ΦωΦ)フフフ…

 

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最後に使い所のなかった写真をなんとなく載せておきますw

上: パンダに襲いかかるの図

下: パンダ、大荷物を頭に乗せるの図

 

ではまた(*゚▽゚)ノ